八ツ場ダム―足で歩いた現地ルポ
鈴木 郁子 (著)
明石書店
価格: ¥2,415 (税込)


書評 週刊金曜日 540号より

計画の浮上から五二年経っても、いまだに水没予定地住民の補償交渉が続行中の事業が八ッ場ダムだ。
「受益者」という意識すら持ち合わせない下流域住民の想像を絶する。

本書では、一九九九年に取材を開始した著者が足で歩き、入手した内部資料が明らかにされている。
それらは、ダムに沈む町に暮らすことが何を意味するか、苦い現実を想像する機会を与えてくれる。
 
どの公共事業でも、影響住民への補償額は、ブラックボックスに閉じこめられ
(住民の当然の利益と権利を守るためにも、納税者の観点からも、本来は公開されるべきだが)、
関係者以外に知らされることはほとんどない。

本書では、宅地、雑種地、田、畑、山林、保安林、原野など、土地の種類や等級ごとの
掟・示額と妥結額が明らかにされている。
反対運動の後に水没を受け入れた住民たちが辿った「ふるさとの値段交渉」とも言うべき、
向きあいたくない感傷と現実の厳しさを突きつけられる。
 地権者の懐柔策である「自分史執筆の補助ならびに刊行」を手がける公益法人、
環境調査の名目で随意契約を受ける公益法人など、
ダム事業に群がる既得権益集拘の姿も描かれる。

 二部溝成になっており、第一部は、人々の暮らしや心境、自然や文化、
第二部は入手資料と著者自身の問題意識の碇示が中心だ。
事業を巡る事象が時系列に並んでいるわけではなく、それらの事象と著者自身の叙情が
まぜこぜになっていることもあり、八ッ場ダム開題に馴染みがない人にとっては、
若干、読みづらい部分はある。しかし、事業の必要性とはまったく関係のないところで進む
ダム事業の裏側、住民から見た側のダム事業の一端を見せてくれる。

まさのあつこ フリーライター

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
鈴木 郁子
1948年、群馬県に生まれる。30代半ば、文学講座で学び、「読んで、書いて、行動する」課程から“人間の自由”に目覚める。以後、地域に根ざした各種市民運動に連なる日々。この実践活動をこなしつつ、表現活動も手放さず、今日に至る。1988年「第十五回部落解放文学賞」小説部門に「糸でんわ」が入賞。2003年第七回「女性文化賞」受賞
                           


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