日米ダム撤去委員会 報告書

ダムへの堆砂による自然破壊と堆砂量予測の問題点
太田川ダム研究会 岡本 尚


1.ダムの堆砂の現況とその影響
我が国の主要河川のほとんどにわたって、3000以上のダムが建設されており、
年を経ると共にその結果が生態系や流域住民の暮らしから海岸線の地形にまで深刻な影響を与えることが明らかになって来た。

天竜川、大井川水系では流域の急峻な地形、崩れ易い地質等の要因のため、全国でもこの現象が特に著しい。
代表的な実例としては発電ダムによる本流の水の収奪で生じた大井川の河原沙漠、ダム湖の堆砂による
上流域での水位の上昇と住民の強制された移住、下流域での川底の洗掘による被害があげられる。

またダムによる水の貯留は水質や濁度に影響し、天竜漁協によると
過去最高年間2000万尾あったアユの漁獲量は、現在では400万尾に落ちこんでいる。

第1表に両水系の堆砂の状況を示す。
天竜水系に建設された総貯水容量100万m3以上の14ダムの堆砂の総量は2億m3を超えるが
(約1億1000万m3が佐久間ダムに貯留)、これだけの土砂を仮に天竜川河口の
東西それぞれ10km(計20km)にわたって100m幅で方形に積み上げると、その高さは100mに達する。

砂礫の供給を失ったため、天竜川、馬込川河口部では、1972年から2004年までの32年間に最大部分で
それぞれ250mから200mの海岸線の後退が見られ(国土交通省)、中田島砂丘では大規模な崩壊が起こり、
地域の住民の安全を脅かすに至ってようやく対策委員会が立ち上げられた。
実はダム建設が海岸線を削ることは大井川水系について1981年に既に警告されていたのである
(森 薫樹、開発と公害 15、4-19、1981)。

2. ダムの堆砂予測の問題点
このような状況にもかかわらず、全国では今なお多数のダムが建設又は計画中であり、
国土交通省の把握しているだけでも194事業に達する。
ダムが建設される場合発電だけが目的のダム以外では、将来100年間(ダムによっては50年間、まれに40年間)に
どれだけの土紗が溜るかを推測して堆砂容量を設定することになっているが、
新潟大学大熊研究室の渡辺の調査によると、全国618基のダムのうち実績が計画値を上回った例が60%、
計画値の2?14倍に達した例が30%を占める。

1952年に天竜川本流に建設された平岡ダムの総貯水容量が7年目に半分、
12年で90%埋まってしまった例は有名であるが、99年の国交省の調査でも、
宮崎県の広渡ダムは建設後5年間に12%、堆砂容量の72%(誤差14倍)が、
また北海道の二風谷ダムに至っては1998年に建設後僅か1年で7.6%, 堆砂容量の44%(誤差44倍)が埋まっている。

河川にダムを造って自然の流れを断ち切ることには非常に大きな環境的、社会的な負荷がともなう。
筆者は新しくダムを建設するか否かを判断するにあたっては、ダムを造る必要が本当にあるのか、
目的を達するのに他の方法が考えられないかをよくよく検討すると共に、もっと正確な堆砂の予測方法を考案し、
それに基づいてすぐに埋まってしまって目的とされた機能を失うようなダムは始めから建設すべきではないと考えている。

従来専門家の間では、ダムの堆砂速度をきめる自然的要因は極めて複雑且つ多岐にわたるため、
推測に使うことのできる普遍性の高い法則性は今の所存在せず、
近隣のダムの堆砂実績から半ば経験的に割り出す以外にないと考えられてきたようである
(例えば建設省河川砂防技術基準(案)同解説、1997等)。

しかし堆砂の正確な推定が今の科学技術水準では非常に困難であるという現実を認めることと、
いつまでも経験的な方法だけにたよらずに、より普遍的な法則性を探究しようとする努力を放棄することとは別である。

筆者らは、静岡県土木部が太田川ダムの堆砂容量の計算にあたって、
隣接する原野谷川の15年間の実績を基礎にしたと称しながら、上流の土砂生産にかかわる流域面積の違いだけを考慮し、
総貯水容量が9.2倍もある太田川ダムとの土砂捕捉率のちがいを全く考慮していないことに疑問をいだき、
94年当時辛うじて公開されていた全国の総貯水容量500万m3以上、全堆砂率20%以上のTOP50ダムについて、
年堆砂量と流域面積、および総貯水容量との関係を解析してみた。

その結果図1に示すとおり流域面積との相関は殆どない(R2=0.173)のに対し、
総貯水容量との相関はR2=0.954と高かった。
この事実をopinionの形式で応用生態工学誌に投稿した際、二つの問題が指摘された。

(1) 総貯水容量と年堆砂率との相関は意外な結果だが、何故そうなるのか
(2) この法則はより小さなダム、より堆砂率の低いダムについてどこまで成り立つのか。

また論文(岡本、山内:同誌4、185-192、2001)が公表されてから、
著者らが「ダムの年堆砂量が総貯水容量で決まる」と主張している」という誤解があるのに気付いた
(例えば中村、竹門:同誌5、125-127、2002、静岡県土木部 公開質問書に対する回答、
静岡県事業評価監視委員会資料19、同11月4日付け太田川ダム研究会からの公開質問に対する回答)。

堆砂に係わる多くの要因がある場合、「ある条件下で年堆砂量が総貯水容量に比例する、或いは相関がある」ということと、
「それだけで決まる」ということは別問題である。
上記の諸問題に対する回答として、筆者らの基本的な考え方と、より広範囲の資料を分析して得られた新しい事実とをこの際公表する。

3. ダム湖の年堆砂量を決める法則性

2002年に国土交通省が公開した全国874基のダムの堆砂資料について、
年堆砂量と総貯水容量との関係を分析した結果を第2図に示す。
設問(2)に対して言うと、前記の相関関係は線形近似によっても、
全堆砂率20%以下の各区分すべての領域で成立する。

この全堆砂率の各区分は研究の経過に従って生まれたものである。
まず全堆砂率10%以上のダム251基について、新潟大学大熊研究室の渡辺は
線型近似でR2=0.9385と言う高い相関があることを示した(2004年度修士論文)。
筆者は全堆砂率10%以下の領域で、このような法則性がどこまで成り立つかを調査した結果が第2図である。

次にこのような区分についての理論的な裏付けを示す。筆者の基本的な考え方は
「年堆砂量は、降雨による上流域の年土砂生産量と、
それがどれだけダム湖によって捕捉されるかによって大筋が決まる」ということである。
近似的に定式化すると、

    年堆砂量 = 降雨による土砂生産量 × ダムの土砂捕捉率      (1)
         = a ・年降水量 × b ・総貯水容量/水流量       (2)
    水流量  = c・年降水量                     (3)
  ∴ 年堆砂量 =(a・b /c) × 総貯水容量              (4) 
(2)〜(4)式の各比例定数の物理的意味:
a: 単位年降水量あたりの土砂生産量。 地質、地形、植生等に依存する「雨による斜面
   の侵食され易さ」を表す。
b: 土砂捕捉率と水滞留率(総貯水容量/水流量)との関係を表す係数。 G.M.Brune(1941,1953),
   吉良(  )。ダム湖の形状、流水中の懸濁粒子の大きさの分布等に依存する。
c: 単位降水量あたり発生する水流量。蒸発量、地下浸透量などに依存する。

比例式(4)を導く時に、(3)を導入することによって年降水量の項が消える。
年降水量は 年間雨量(mm/年)× 流域面積(km2)だから、
(4)式の比例定数 ab/cには流域面積も年降水量も含まれない。
従って式(4)をグラフ化した場合、同じ総貯水容量のダム群の年堆砂量値に、
流域面積や年間雨量の違いによる揺らぎは生じない。
これが図2に見られる相関係数の高さの原因と考えられる。

次に年堆砂量と流域面積との関係を着本式(1)に基づいて検討する。
(2) 式から 年堆砂量 = a・年間雨量×流域面積 × b・水滞留率
            =(a・b・年間雨量×水滞留率)× 流域面積     (5)
従って年堆砂量と流域面積との関係をグラフ化すると、同じ流域面積のダムの年堆砂量値には、
年間雨量と各ダム固有の水滞留率の違いによって第1図のように大きな揺らぎが生ずる。

図2の各直線群の出現は理論式(4)から次のように説明される。この式は
    年堆砂量 = k × 総貯水容量                   (6)
の形に書ける。  k = a ・b/c であり、これは普遍的な定数ではなく、
複雑な自然条件に依存してダムによって異なる変数である。
一般に二つの変数に依存する関数z = x・yでは  
       dz = x・dy + y・dx
変数xをある値に固定するとdx = 0     したがって、 dz = x・dy で、
     dz/dy = x、 すなわちzとyの関係は傾斜がxの直線になる。
次にxを、x1、x2、x3---と少しづつ変化させると、傾斜がx1、x2、x3---の直線群が得られる。
年堆砂量と総貯水容量との関係が第2図のようになることは、
理論式(4)、(6)が基本的に現実を反映していることを証明している。

 これらの直線群の傾斜は年堆砂率を表すが、この理論によればそれが係数 a・b/cに対応することになる。
三つの物理定数a, b, cのうち、年堆砂率と最も関係が深そうなのはそれぞれの定義を比較して、
「雨による斜面の侵食され易さ」を表すa であろう。
集水域の崩壊地面積をパラメータとして図2と同様の年堆砂率と
総貯水容量のマップが描ければこの理論を更に裏付ける事ができる。

4. この理論と図2の実用的価値   
静岡県土木部は太田川ダムの堆砂容量を、隣接する原野谷川ダムの15年間の実績に基づいて次のように計算している。
両者の流域面積あたりの年堆砂量(比堆砂量)は等しいと仮定。

原野谷川ダムの比堆砂量=106,000m3/17.9km2/15年 =395m3/年/km2
太田川ダムの堆砂容量=(400m3/年/km2)×20km2×100年 =800,000m3

原野谷川ダムは15年間で総貯水容量(125万m3)の8.2%が既に埋まっているから、
100年間には56%が埋まる事が予想されるが、
総貯水容量が9.3倍(1,160万m3)ある太田川ダムは6.7%しか埋まらないことになる。

 ダムの堆砂速度の推測を複雑化している流域の地質、地形、植生、降雨量等の要因に
両者の間で大差がないから単位流域面積あたりの土砂生産量はほぼ同じと考えているまでは良いが、
土砂生産量即ダムの堆砂量ではない。

県の計算ではダムの堆砂量を決めるもう一つの要因、ダムによる土砂の捕捉率が完全に無視されている。
(4)式で言えば総貯水容量、(5)式でいえば水滞留率の違いが全く考慮されていない。
県の仮定に立つならば、理論式(4)に含まれる比例定数a, b, cは両ダムの間ですべて等しいから、
(4)式から太田川ダムの年堆砂量は原野谷川ダムの9.3倍、100年間には657万m3(56.6%)が埋まる事が予想される。

さらに精査すると、原野谷川ダムは防災ダムで、貯水がある期間は1年のうち半分程度である。
それに対して太田川ダムは多目的で、利水容量として480万m3が設定されている。
原野谷川の、堆砂に対する実効貯水量がわかればそれに基づく比較を行うべきであろう。
その場合は太田川ダムの堆砂容量は更に大きくなる事が予想される。




                    


ホームへ戻る