公共事業が財政を破綻させた主犯である

小川明雄(ジャーナリスト)


(I) 借金漬けの実態

(1) 2000年度の国の一般会計予算は84兆9870億円(前年比3.8%の伸び)だが、税収は48兆6590億円に過ぎない。

(2) この歳入不足を補うために、当初予算としては過去最高の国債32兆6100億円の発行を予定。公債依存度は38.4%で、1999年度の37.9%を上回り、戦後最高のレベルになった。

(3) あまり知られていないが、この他に、借換国債(満期になった国債を償還する財源を調達するために発行する国債)が53兆2000億円にのぼる。つまり、新規国債と借換国債の合計は約86兆円となり、一般会計を上回るという驚くべき額になる。まさに日本の国家財政は借金漬けなのである。

(4) 借金財政のため、2000年度の一般会計の最大支出項目は国債費で、前年度当初予算に比べ10.8%増の21兆9653億円に達した。これは社会保障関係費の合計である16兆7665億円をはるかに上回っている。国債費がなければ、あるいはもっと少なければ、社会保障関係費にたっぷり税金を回せることが分かる。ちなみに、介護保険は総額4兆円余りに過ぎない。

(5) こうして、国の借金は2000会計年度末には364兆円になる。一方、地方財政の借金も同年度末には187兆円にのぼる。このほか、借入金がある。合計すると、日本の表向きの借金だけでも645兆円に達する。これはGDP推計値の129.3%である。第二次世界大戦中の1943年度の財政赤字がGNPの135.2%だった事態に迫る異常さである。

(6) 國際比較をしてみると、その異常さがさらに際立つ。2000年のG-7諸国をのぞいてみよう。単年度の財政GDP比は日本がマイナス10.1%,米国がマイナス0.6%, 英国がプラスで0.8%, ドイツがマイナス1.2%, フランスがマイナスで1.7%, イタリアがマイナス1.6%, そしてカナダがプラス1.6%である。つまり、欧米諸国が財政黒字に転ずるか、財政赤字を2%以下に抑えているのに、日本だけが10%を超える巨額の赤字になっている。

(7) 他の国にはない借金もある。第一に、「隠れ借金」である。旧国鉄の約30兆円は有名だが、それを超えるのが地方交付税特別会計の借入金で約40兆に達する。このほか、林野特別会計の借金など細かい他の隠れ借金を拾っていくと少なく見積もっても30兆円はありそうだ。つまり、合計すると100兆円である。あるエコノミストによると120兆円という計算もある。

(8) 第二には、「影の借金」がある。75の特殊法人が抱える借金は合計すると約360兆円もある。

(9) 以上の表向きの借金、隠れ借金、影の借金を公的債務として合計すると軽く1000兆円を超えてGDP比では220-230%という破滅的な数字になる。日本の財政は破産状態といってもいい。

(II)  いまだに破産しないナゾに迫る

(1) これだけの借金になると、国債の利払い費だけでも、財政は破綻するはずであるが、そうならない特殊な事情がある。

(2) 第一に、日本は、国民を犠牲にしながら、異常な低金利政策をとってきたことである。1990年代だけでも、超低金利政策によって、一般の預貯金者が失った得べかりし利息は200兆円に達する。人類史上最低の公定歩合0.5%が導入されてからすでに5年以上が経過し、実質的なゼロ金利政策が導入された1999年2月からでも一年以上が経過している。つまり、超低金利政策は、銀行などの不良債権を顕在化させないためばかりでなく、公的債務の利息を増やさないためでもあった。

(3) 第二に、日本では、金利が安くても気にならない公的部門が国債の最大の保有者となっていることだ。つまり、国債の金利が低くて民間が買う気がおきなくても、日銀と大蔵省が買い支えている図になっている。国債の保有状況をみると(1997年度)、市中金融機関23%, 法人・個人が37%, 資金運用部と日銀が41%となっていた。重大なのは、1992年から1998年の国債増加ベースで見ると、資金運用部を中心とした政府部門が50%、日銀が17%と公的部門で67%を保有する異常な事態になり、その後も公的部門の保有増加スピードが加速している。

(4) このほか、公的資金〈我らが税金〉の注入をうけた銀行はお付き合いで低金利の国債を買いつづけている。もし、金利が上昇すると、銀行の保有している国債や地方債の価値が下がるので、銀行の含み資産が減り、さらに公的資金の注入という悪循環になる。

(5) こうした超低金利政策と公的部門の出動という異常な対策で、国債は低金利で消化されてきている。例えば、1986年から15年間で国債の2.5倍に急膨張したが、この間の利払い費は年間で10兆円から11兆円でとどまっている。

(6) しかし、こうした異常事態は続かない。

(7) まず、政府・与党にとって痛し痒しなのだが、景気が回復してくれば、まずゼロ金利政策を解除しなければならないし、経済成長が軌道にのってくれば公定歩合をはじめ金利もあがってくる。そうなれば、利払い費は急カーブで増えてくる。

(8) 次の表は大蔵省の試算である。 (単位 100百万円)

会計年度 国債残高 利払い費
2000 364000 10580
2001 390510 11560
2002 419930 12900
2003 452520 14.51
2004 485300 15830
2005 515310 17450
2006 544740 19110
2007 571990 20740
2008 597480 22.73
2009 626250 24.36
2010 653370 25.78
2011 680530 27020
2012 707200 29090
2013 732490 29120

つまり、過去15年は年間10兆円前後だった利払い費は次の14年で年間30兆円まで三倍に急騰する。

(9) また、資金運用部資金は2001年1月から、年金、郵便貯金、郵便簡易保険がそれぞれ原則的には自主運用になり、また国民の目も光ってくるので、これまでのように無尽蔵といわんばかりにこうした積立金で国債を買うことができなくなる可能性もある。少なくとも、国民の一部は特殊法人の360兆円にのぼる借金(その大半が財政投融資)が不良資産化するのではないかと疑いはじめている。、財投にためられている140兆円にのぼる年金の積立金の少なくとも一部は帰ってこない事態も予想される。

(III) 爆発する借金の悪影響

(1) 上記の大蔵省の試算が示唆するように、日本の国債残高だけでも急速に脹らんでいくおそれが強い。つまり、2013年までに倍増するのである。このまま放っておくと次のような悲惨な事態が予想される。

(2) すでに国債費が一般会計の最大の費目になっていることをみたが、借金が増え、利払い費がふえれば、つまり国債費がこれ以上増えれば、社会保障、教育などその他の費目が縮小せざるを得なくなる。厚生省の付属研究所の統計でも、社会保障における中央政府の役割はすでに縮小の一途をたどっている。今後は、急激に縮小するだろう。橋本内閣以来、政府・自民党が「自己責任」を強調してきたのは、税金はいただくが、国民の福祉には使えないので、勝手にやってくれ、と言っているようなものだ。小渕首相の経済再生戦略会議が「厚生年金の民営化」を打ち出したのはその典型である。政府の仕事が、国民の信託を受けて、税金を集め、国民が安心して暮らせるように使うことだとすれば、日本政府はその基本的な仕事を怠っている。財政赤字が憲法違反だ、というのはここから来ている。

(3) こうした爆発する借金を実質的に減らす手段として、戦後の財税法では禁じられている国債の日銀引受が自民党の財政部会などでくすぶっているが、こうした危険な処方箋が実施される可能性も高まってくる。戦争中に経験したように、これは日銀がお札を際限なく刷ることで、インフレの襲来を意味する。

(4) なるほど、インフレになれば、貨幣価値が下がり、債務残高の実質価値も低下し、財政危機の解決に有利のように見える。しかし、国民は預貯金が目減りするので、大きな被害を受ける。国民にとっては、預貯金が目減りした分だけ税金を取られたと同じで、インフレは「隠れた増税」と言われる所以である。

(5) また、140兆円にのぼる年金の積立金がインフレで目減りすれば、年金財政が破綻し、年金の給付額が大幅に切り下げられる恐れが強い。また、簡易保険もインフレで大きな打撃を被るはずである。

(6) 一方、インフレを避けて財政赤字の爆発を防ぐためには、消費税の引上げが選択肢としてある。実際、自民党を中心とした連立が総選挙で勝った直後、政府税調は消費税の引上げを強く示唆する「中間報告」を発表した。しかし、消費税だけで問題を解決しようとすれば、処理の期間によるが最大で30%近い引上げが必要になる。しかし、1997年に橋本内閣が消費税を2%引き上げただけで、日本経済は急降下で不況に陥った。財政赤字の出血を少なくするためだけでも、最低10%の引上げは必要で、とてもいまの日本経済はもたない。

(7) 小渕氏の一兎を追うという方針は森首相も引き継いでいる。この方針は、景気が回復し、税収が増えれば、借金を返せるという印象を国民に与えた。しかし、先に見た大蔵省の試算が示すように、今後たとえ3.5%というありえない高度成長になっても、借金は雪だるま式にふえ、国債費は爆発的に増える。

(8) なぜか。小渕内閣は1998,1999両年度に連続して法人税の引下げや、所得税最高税率の引下げ、土地譲渡所得税の減税、地価税の凍結、有価証券取引税の廃止など上場企業や高額所得者を優遇する減税を相次いで打ち出した。こうして税収基盤が縮小した上、累進性の緩和が重なり、経済成長に対して税収の伸び率を示す税収弾性値も1.1を下回る事態になっている。このため、経済が1%成長しても、税収の伸びはわずかに5000億円程度、3%の伸びで1.5兆円にすぎず、まさに焼け石に水なのである。景気が回復しても、それだけ金利が上がり、借金の暴走は加速するだけなのである。

(9) いま述べたことと多少重複するが、郵便貯金,簡易保険の積立金、年金の積立金などからなる財政投融資が,公共事業を推進すつため、特殊法人や国債の買入れなどに使われ、そうしたカネの相当部分が帰ってこない事態も予想される。

(IV) 破滅を救う道はある

(1) こうした状況下で、起こるであろうシナリオは、1)財政破綻―増税―経済失速―国民の不満爆発、あるいは2)財政破綻―インフレ政策―経済・国民生活の破綻―国民の不満爆発、あるいは3)財政破綻―増税―インフレ政策―経済・国民生活の破綻―国民の不満爆発などであろう。

(2) 現実的には、まず増税という3)のコースになろう。しかし、いずれのコースをたどるにしても、国民の不満を抑えつけるために、デマと弾圧の政治が必要になる。ヒットラーも、ムッソリーニも経済の行き詰まりにたいする国民の不満が背景にあって登場してきた。財政破綻はファッシズムへの道なのである。

(3) では暗い未来を回避する道はないのか。それには財政破綻を回避しなければならない。それには財政破綻の原因を取り除かなければならない。だれでも知っているように元凶は公共事業である。次に掲げるのは,1996年の世界主要国の公共事業費である。

           公共事業費の國際比較〈土地取得費を除く〉

  日本 米国 カナダ ドイツ フランス イタリア 英国
公共事業費($B) 402.1 129.3 14.1 51.7 47 27.1 16.1
対GNP比 8.7 1.7 2.3 2.2 3.1 2.2 1.4

データ:OECD
注:日本の公共事業費は、G-7の他の六カ国の合計である285.3$Bよりも29%も多い計算になる。これが異常でなくてなんであろう。

(4) 異常で不必要な公共事業を削減することが財政破綻回避の第一歩であり、最大のカギである。その処方箋は五十嵐・小川の『世界』2000年4月号に概略が掲載されている。

(5) しかし、状況は最悪である。なぜなら、バラマキの自民党と公明党が軸となる連立政権が今回の総選挙で新たな信任を受けて永田町に戻ってきた。連立政権からは、またもや補正予算が必要だという声があがっている。この連立政権では、財政は悪化するばかりである。

(6) これまで財政を論じてきたが、日本の財政は公共事業を軸とする特異な構造をもっていることに注目すれば、理解しやすい。一般会計予算も、特別会計も、財政投融資も、地方財政(よく地方公務員は人件費が高いという議論があるが、公共事業の方が人件費や社会保障より多い)もすべで公共事業のために動員されている。中央から地方にいたる大小無数の政官財複合体が、日本の財政をいわば私権化して公共事業に乱費しているのである。公共事業費が中央から3300の自治体にいたる自民党支配の政治的基盤整備に大きな役割を果たしてきたことは論をまたない。

(7) 従って、今回総選挙の最大の争点は、バラマキを続けてファッシズムにいたるのか、その崖ぷっちから引き返し、土建国家から福祉国家を目指す大転換を図るのか、という選択であるはずだった。

(8) 連立与党が総選挙において都市部と多くの県庁所在地で破れたことは、公共事業に対する都市部の不満が強まっていることを疑問の余地なく示した。自民党が亀井政調会長の音頭取りで中海、吉野川などの見直しを打ち出したが、ほとんど無数のムダな公共事業はそのまま続行されるだろう。

(9) 本当の見直しには、1)計画発表から5年経過して未着工の計画は自動的に中止するサンセット法をつくる、2)全国総合開発計画と公共投資基本計画(現行は10年で630兆円、つまり一年間に63兆円使う計画)を廃止する法律をつくる、3)政官財が密室でつくっている道路,治水,空港,港湾など16の中期計画と個所付けを国会の審議にかけるための法律をつくる、4)米国の国家環境政策法(NEPA)のようなきびしい環境法をつくる、などが必要である。
つまり,公共事業を本格的に見なおすには,新たな法律体系が必要である。

                   以上


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