リビングウォーターズキャンペーン by WWF
=長良川における、河口堰の環境への破壊的影響と、再生へのプログラム= [要約版]
(日本語版本文は12章からなり、A4版24ページと表6枚、図40枚で構成される。)

長良川河口堰建設をやめさせる市民会議にて1部500円でお分けしています。


1 プロジェクトの背景
1-1 歴史的背景
1-2 プロジェクトの歴史
 長良川河口堰は、1960年に構想が出され、1968年に閣議決定された。多くの反対運動にもかかわらず、1988年に着工、1995年7月より運用となり、35年もの歳月が費やされた。河口堰の目的は、当初の構想は利水であった。
1-3 流域(項目のみ)
1-3-1 長良川の概要と歴史
1-3-2 長良川流域の地質
1-3-3 水路図
1-3-4 長良川流域の植生
1-3-5 長良川の流量と浚渫土砂量

2 河口堰計画
2-1 長良川河口堰プロジェクトの主な内容と目的 
2-2 河口堰の利益
 1960年において、新たに22.5t/秒(工水14.8t/秒、上水7.7t/秒)の淡水の確保を第一の目的とした。
2-2-1 利水の現状と新たに発生した利水の利益
ダム建設までに、北伊勢工業用水(水利権2.95トン/秒)、福原用水(農業用、水利権0.256トン/秒)、長島町の水道、灌漑、水路維持用水(水利権1.22トン/秒)羽島市、海津町、平田町の灌漑用水(水利権8.78トン/秒)が、長良川より取水を行っていた。河口堰により、塩水が入ることが無くなり、安定取水が出来るようになった、と建設省は主張。
2-2-2 治水の利益(建設省による算出)
 河口堰から30km地点間の河道を1300万?/浚渫することで満潮の上限18km地点を28km地点まで延伸し、塩害を拡大するので河口堰によって遮断する。即ち河口堰は河道の浚渫による水害の防止を可能にする施設である。

3 予想されたマイナス効果 
3-1 環境悪化の懸念
3-2 建設省の環境影響予測
3-2-1 堰上流の川底の夏期の低酸素
 建設省は夏期の試験運用のデータの無いまま本運用に入った。そこで、全国の類似堰でのデータを示し、溶存酸素(DO)の著しい低下の恐れは少ないと推測した。
3-2-2 藻類の大発生とアオコ、3-2-3 汽水域、3-2-4 ヤマトシジミ、3-2-5 アユ、サツキマス、3-2-6 テナガエビ、3-2-7 モクズガニ、3-2-8 ウナギ、3-2-9 ハゼ科、3-2-10 アサリ、ハマグリ、3-2-11 ベンケイガニ、3-2-12 ヨシ、3-2-13 ユスリカ 以上の項目に関しても、ほとんど影響が出ないか、出ても対策が可能と予測した。
3-3 実証された環境へのマイナス効果
3-3-1 試験湛水でわかったこと
3-3-2 観測された環境へのマイナス効果
3-3-2-1 汽水域の破壊 
汽水域は、淡水と海水が、周期的(干満、大潮?小潮)かつ動的(鉛直方向の塩分濃度勾配?水平方向の濃度勾配)に混合し、多様な環境をつくり、面積あたりの生物の種と量は地球上でも有数である。河口堰により海水の溯上は完全に阻止され、軽い淡水は十分混合することはなく上層を形成し、下層の海水と境を画すことになる。堰の下流では、著しいDOの低下が確認された。ヤマトシジミなどの汽水性動物に、壊滅的打撃をあたえ、ヤマトシジミは浅瀬を除き、ほとんど死に絶えた。さらに、底部で常時生ずる逆流は、有機物を含む土砂を堰に向かって運び、堆積させる。底生動物はほとんどが死にたえており、有機物の消費者も無く、堆積し、腐敗し、ヘドロとなる。
3-3-2-2 湖沼化
 河口堰建設前の長良川における総リンの濃度は、岐阜市を越えたあたりから著しく上昇し、河口部では0.05mg/lを上回った。総窒素の濃度も、総リン濃度と良く相関した。河口堰により流れが停滞することにより、藻類の大発生が繰り返された。夏期に温度躍層が形成され、川底が無酸素状態になる現象は建設省の予測に反して確認された。
堰の上流の川底にもヘドロが堆積し始め、メタンガスの発生も顕著になった。天然の浄化装置でもあったヨシ原は、河口堰と関連の工事で約300haから100haほどに減少、その後も失われ続けている。
3-3-2-3 回遊魚等の通過障害
 本流にダムの無かった長良川は、天然のサツキマス(降海型アマゴ)が上る数少ない清流であった。しかし、年々その漁獲量は減少してる。
 アユの総漁獲量は、過去、永きにわたり放流漁獲量をはるかに上回っており、両者の差は天然アユの漁獲量と推定されている。河口堰運用の1995年以後は、両者のグラフは逆転し、天然アユの推定漁獲分が完全に失われてしまった。

4 漁業、観光へのマイナス効果
4-1 漁業
4-1-1 壊滅したシジミ漁 
 堰上流でも、徐々にヤマトシジミが減り、やがて、放流したヤマトシジミさえ獲れなくなり、淡水性のマシジミさえも激減してきた。すくい上げられるのはゴミばかりで、長良川の川底は、シジミの生息できる環境ではなくなった。
4-2 観光被害
4-2-1 鵜飼い 
宮内庁の鵜匠によって執り行われる、1300年の伝統を誇る長良川鵜飼いの凋落はめざましい。岐阜市の長良河畔にあるホテル街は、廃業に追い込まれ始めている。

5 新たに発生した飲料水の懸念
5-1 水道水への転用
 河口堰上部で取水している知多半島では水道水が「臭い、刺すような味」と言われ、木曽川の水に戻すよう運動が進められている。河口部には下水・廃水、汚水がそそぎ込み、富栄養化した水には藻類が発生する。
5-2 水道水としての懸念
 アオコを形成する藻類の毒素(ミクロチスチン)や、塩素によって発生するトリハロメタンには発癌性が指摘されている。水道水の汚染で集団下痢症を引き起こすクリプトスポリジウム(原虫)は直接蛇口まで到達する。さらに、内分泌撹乱化学物質がほとんどの河川の下流部で検出されることは、今や常識となっている。長良川の水から明瞭な女性ホルモン様作用物質が検出されている。こうした、危険性が不可避な河口部に貯めた水を飲用に用いることは、人道的にも許されることではない。


6 利水利益の検証
 現在、水道水として、愛知県知多半島への1.6t、三重県中部への0.7tしか利用されていない。北伊勢工業用水の水利権は木曽川にもあり、9トン/秒に対し、実績は1.16トン/秒(日量10万トン)にも達していないのが現状である。長良川の取水口が不安定になるのは、低、渇水期の満潮上限帯だけ。羽島市、海津町、平田町の灌漑用水は海水の影響を受けない場所での取水。長島町の水道、灌漑用水は、5-2の危険を鑑み、木曽川馬飼からの取水に切り替えれば、新たな利水上の利益はほどんど発生していないことになる。

7 治水効果の検証
 河道の浚渫による最大の水位低下は、30km地点の1.40mだが、25km〜35km地点間における浚渫前の最高水位(流量7500?/秒の水位)と、堤防天端とのスペースは1.85m〜2.10m。これは長良川に求められるスペース2.00mをほぼ達成している。逆に、最もスペースに余裕がないのは8.0km〜12.0km地点間(長島町、1944年の東南海地震で沈降した)の0.50mと海津町南部に点在する0.60m〜0.70mの地点であるが、このあたりの浚渫による水位低下は0.60m〜0.70mにすぎない。従って、対策は堤防の嵩上げと補修以外にない。

8 塩害の発生
8-1水稲塩害は70年代前半に解消した
 長島町の塩害は伊勢湾台風(1959年9月)での高潮被害によるもので、作付面積900haにたいし塩害田は270haに及んだ。近年は1.5 ha (0.2%) 程度で推移している。
8-2 浚渫により、塩害が海津町、平田町へ拡大するか
 長良川の最深河床は長島町で−6.0m、海津町南端で−0.4m、満潮上限で0m前後である。塩害に強い水稲が、浚渫で満潮上限が延伸したとしても、塩害を受けることは考えられない。かりに、浚渫により伊勢湾台風前の長島町と同じ規模の塩害が海津町、平田町に発生すると仮定しても、被害は年額1200万円〜1400万円と想定される。河口堰の建設費はその1万年分をこえる。

9 費用便益分析
建設省などの行った費用便益分析の特徴は、第一に、便益評価の大前提となる目的に、別事業である浚渫事業の目的(洪水防御)まで加えて、費用便益分析を行う方法にかえた(堰・浚渫一体論)。これに対応して第二に、ダム法令・公拭法令に規定された目的別の便益評価・費用便益分析を、途中で変更し放棄した。第三に、水質悪化→生態系=環境破壊等の社会的損失が当初から指摘されていたのに、最後まで事業評価の対象外とされた。第四に、地元による下からの費用便益分析が、水源地域対策の実施により修正・歪曲され、事業をチェックする機能を失ったことである。

10 仮想市場評価法(CVM)
 自然の経済価値を評価できるCVMによる調査(1999-2000年)では、河口堰によって失われた長良川の環境の値段が、7兆6千億円を上回ることが明らかになった。

11 生態系の回復へむけて
11-1 生態系の回復へむけた堰の運用
11-1-1 ヘドロの堆積の抑制
 ヘドロの堆積は、川底が貧酸素状態になることによって、有機物の消費者である底生動物が死滅したことが第一の原因である。塩分躍層の解除が有効な対策である。従って、大潮時など強混合の時期に堰上流へ塩分を溯上させることが一つの方法である。さらに、引き潮時にも躍層が出来、底層の逆流が発生することから、引き潮時のゲート全開も必要である。
11-1-2 ヤマトシジミ漁の回復 
 堰運用により、底質はヤマトシジミの生息に不具合な状態にあり、早急な回復は望めない。もし、1999年9月15日のように秒6,000?にものぼる出水があれば、砂地は回復するので、その後は、揖斐川などのヤマトシジミを放流すれば、容易に定着するものと予測される。
11-1-3 回遊魚介類の回復
 回遊魚などの魚介類汽水域の通過は通年であるが、この中で、アユ、サツキマスの遡上、降下の時期に堰全開か、全開に近い運用を行うことによって、これら魚種および、同じ時期に汽水域を通過するカジカ類等の回復は比較的早期に望むことが出来る。
11-1-4 ヨシ原の回復、ユスリカの対策
 堰の開放もしくは開放的運用により、水位の高低差が再び2m以上におよぶと見込まれるため、ヨシの生育に好条件を与える。移植等も含めれば、数年から十数年で100haレベルへの回復が可能と考えられる。逆に、塩分の溯上によってユスリカの幼虫は生息条件を限られる。ユスリカ発生の抑制のため、コイ、フナの放流やホルモン剤の散布などが試みられる場合が多いが、塩分の溯上が安全かつ確実な対策である。塩分耐性のあるごく限られた種のみ生息可能であり、大量発生する傾向にあるセスジユスリカ、クロユスリカなどは死滅する。
11-2 塩害のモニタリング
 塩止め・塩害防止にこれほど高価で、有害な施設を必要とするのか。この点に関しては十分な科学的論議を行う必要がある。河口堰の全開によって、地下水に塩水が浸透する可能性はあるが、粘土層を下から越えて田畑に塩水が入る可能性は無い(奥田節夫モニタリング委員私信)。さらに、田畑に上流から淡水を流したり、堤防に沿って水路を造るなど、安価で多様な塩害対策は可能である。また、堰の開放的運用にともなう土壌、水路の塩分モニターを行い、小潮・上げ潮時に塩分くさびの一部をカットする潜り堰的運用も含めて、十分なデータを取る必要がある。

12 集水地管理
12-1 湿地の回復
 開放に近い堰運用によって生ずる田畑の塩害は、補償金による対処が可能である(8-2参照)。また、こうした危険の予測される田畑を買い取り、湿地の回復に当てることも可能である。
12-2 氾濫原の確保
 長良川と揖斐川に挟まれた、安八、輪之内、平田、海津の各町、および、長良川と木曽川に挟まれた、羽島市南部、長島町は、基本的に氾濫原であり、古来、輪中を造り、洪水に備えてきた。本提が強化され、安全性が向上すると、それにつれて多くの住民が移り住んだ。たとえ、100年に1度の洪水に耐える堤防を築いても、150年に1度の洪水には耐えられない。堤防を強化すればするほど、破堤の被害は、一旦おこれば、広範囲で深刻になる。氾濫にたいする対応が重要な意味を持ち始めている。地域社会にとって最も重要な施設等は、堤防によって囲む。それ以外の地域は、石垣の上に住居を構えたり、船を用意するなど、生活スタイルを洪水対応型に切り替える。破堤によって引き起こされる損害に対しては、保険と保障で補う。こうした具体的な対策を考慮すべき時代にさしかかっている。
12-3 取水口の上流へのすげ替え
 北伊勢工業用水の取水口を、塩分の混じらない上流にすげ替える。それによって、堰の開放や開放に近い運用を無理なく実施できる。
12-4 飲用水の安全性強化
 飲用水は、河口部の水に頼らず、第一義的に中・上流での取水したものを当てる。
12-5 保水力の強化
 上流のスキー場、ゴルフ場など、森林の伐採を伴う開発を凍結する。手入れの行き届いていない杉・桧林は伐採し、落葉広葉樹林へ転換する。
(文責は、7、8章が村瀬惣一、9章が宮野雄一、他が粕谷志郎)



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