VOL.26-4


オランダの反省を長良川と諫早に
粕谷志郎 岐阜大学教授 地域科学部(長良川下流域生物層調査団)

 長良川と諫早とオランダは基本的に類似した問題を投げかけている。三者に共通することは、河口部にダム・堰を造り、洪水/高波対策と淡水や農地を確保することを目的にしていることである。その結果も類似している。重大な影響は二つある。その一つは、土砂・ヘドロの堆積である。陸側にも貯まるが、海側が特徴的で、汽水域が破壊され死の海と化す。二つ目は、海と川の生態系の分断/破壊である。

 オランダは国土の約半分が海面より低くなっている。堤防で囲わなければこれが海中へ没する。しかし、こうした行為こそが今のような海面より低い国土を加速させたと反省している。堆積物が堤防の外側(海側)に貯まる。やがて堤防内の国土は外側より低くなってゆく。長良川も同じである。河口堰下流のヘドロ堆積は顕著である。堰で貯められた淡水は海水の上を流れ下り海へ注ぐ。その間、海水に鉛直方向の回転を与え、表層では海側に、底層では陸側に流れが固定される。堰に向かって底層での堆積が始まる。さらに海水と淡水の重層は川底を貧酸素状態にし、95年7月に運用が始まるや、ヤマトシジミは一部の浅瀬を除き死滅した。

 長良川で起こったことは、諫早にも共通する。当初、潮受堤防の陸側にあたる調整池の生態系の破壊にほとんどの目が集中した。もちろん長良川でもそうであるが、堰/堤の陸側は海・汽水域が破壊され淡水域になるからもとの生態系は消滅する。潮受提の海側にやっと目を向けたのが自然保護協会の研究グループである。そして、ヘドロの堆積と底層の貧酸素状態が証明された(自然保護協会ホームページに掲載)。驚くことに、事業主体側の溶存酸素の調査は表層水のみで、鉛直方向の調査がなされていなかった。こうした物理的変化による有明海の生態系への悪影響は、おそらくもう出ていると思うし、今後さらに深刻な形で顕在化するものと懸念される。

 オランダの反省の今一つは、自然の生態系の回復に向けた取り組みである。マグニン氏(世界自然保護基金WWF幹部)は言う、「最初の土地にあったものを決して破壊してはいけない。」「われわれはまだ手つかずの自然を残している国々をうらやましいと思う。」「自然本来の状態で保存しよう、なぜならこの方法が一度破壊してしまった自然を再生するよりも安く、簡単ではるかに良い方法だから」と。

 長良川ではサツキマスの溯上が激減した。38km地点の調査では、とうとう190尾までに減少し(01年)、1993年の同地点の1031匹と比較すると18%に、38kmより下流全体の漁獲数4650尾(新村安雄 1999)を母数とするならたったの4%になってしまった。アユも激減した。95年以降、昨年までの年間漁獲高の平均は361トン、82年から91年までの平均は 803トンもあった。しかもこの頃の放流量は年平均30トン 95年以降は50トン近い。放流量の10倍を放流漁獲量と推定すると、500トンになるが、実際の漁獲高はそこまで達していない。すなわち、漁獲高から天然アユが消滅したのみならず、放流した分さえも獲れていない現状が鮮明となる。

 有明海の養殖ノリの色落ちで甚大な被害が報告されているが、漁獲高も著しく落ち込んでいる。特に、タイラギという貝はほとんど姿を消した。一方、赤潮と有毒種プランクトンの発生件数はうなぎ登りに増加した。長良川も諫早も自然環境に依拠した漁業や観光への負の波及効果は計り知れない。

 オランダは、ライン川をよみがえらせるため2005年にハーリングフリート河口堰を開けることを決定している。川の上流から届くものは海へ導き、湿地や氾濫源、川の蛇行を取り戻し、生態系を取り戻そうとしている。「生態系を基盤とした社会」の構築が世界の潮流となろうとしている。オランダでは、NGOだけでなく、政府の役人も同じ反省、同じ到達点に立っている。これこそ、私達がオランダを「うらやましく思う」点である。

 長良川河口堰を強行した官僚やそれを補完した学者達は性懲りもなく、自然工法やアユの減った原因の調査、はてはヨシの植栽に取り組んでいる。ヨシ原は河口堰建設前には300haにおよんだが、46haにまで減少している(国土交通省調査、1998)。いったい何円かけて復元しようとしているのか。あるいはアリバイ工作だけなのか?ヨシ原の生態系における重要性を認識して、本気で復元しようとするなら、やがてオランダの官僚と同じ立場に立てるかも知れないのだが。一方、我が国民は健全であると思う。私たちがCVMという手法で、失われた長良川の環境の値段をアンケート調査した。7兆6800億円という値がはじき出された。河口堰1千500億円の土木工事などとは格が違う。


| Page | ネットワーク INDEX | HOME |