VOL.30-3

オランダはなぜハーリングフリート河口堰を開放するのか
スタン・カークホフス   Stan Kerkhofs
オランダ公共事業及び水管理省ハーリングフリート地方統括部長



 ハーリングフリートはライン川の唯一の河口だ。だからその河口堰を開けることには大きな意味がある。この河口堰の代替的管理に関する財政的側面や、実施計画などについてお話ししたいと思う。

 オランダの国土はライン川、マース川、シェルト川によって形成された。総面積は4万平方キロで、約50%が海面より低い。アムステルダム、ロッテルダム、ハーグといった都市の何百万もの人々が海面下で暮らしているのだ。
 ハーリングフリート湾や、ホランズ・ディープ湾、ビーズボス湿地は大規模な河口の1部で、河口堰が完成する前は日に2回海水が河口へ流入し、干満時の水位の差は沿岸で1.8m、ビーズボスでは最高2.25mもあった。川の流量の多い時には淡水と塩水の混ざり合う範囲は西に延び、逆に流量の少ない時には東へ延びていた。平常時はハーリングフリート湾は汽水域で、魚は自由にその辺りを行き来していた。またハーリングフリート湾やビーズボス湿地には、潮の干満により作られた広大な干潟や砂州が存在した。
 1953年にオランダ南西部は大規模な水害に見舞われ、1800人が犠牲になった。このような災害を再発させないために、政府は1958年にデルタ法を制定し、これに基づいてハーリングフリートは1970年に締め切られた。
 ハーリングフリート河口堰の幅は約3キロ、ダムの部分が約2キロで、そこに約1キロの水門が延びている。治水対策のほか農耕用や飲料用の水資源確保を目的として建設されたもので、水門は干潮時にのみ開放され、海水の湾内への流入を防いでいる。普段はライン川の水はハーリングフリートとニューウォーターウェイ(新水路)を通って海に流れる。マース川の水も同様だ。増水時には水門から排水を行うが、川の流量が少ない時には河口堰は閉じられたままとなり、水はすべてニューウォーターウェイを通って海に流れる。

 1970年にハーリングフリートを締め切ったことにより経済的な恩恵は受けたものの、次第に自然や環境に対するマイナスの影響が出てきた。例えば干潮・満潮の差は2メートルもあったのに、わずか30センチになってしまった。潮が少しずつ淡水に混ざることは河口の重要な特色だがそれが失われ、サケや海マスのような魚の溯上も遮られてしまった。土手の浸食が進んで何百ヘクタールもの芦原を失い、また木の根をむき出しにすることになった。ビーズボス、ホランズ・ディープ湾では何百万トンもの堆積物(ヘドロ)による汚染が発生した。1970年代にはライン川は汚れており、それを閉めきった場合の科学的危険性を政府は計算していなかったのだ。

 そこでハーリングフリート河口堰の代替案を検討するために、環境アセスメントが行われた。運営法を変えることにより、経済面や利水面でのメリットを失わずに汽水域を再生できるかどうか。もちろん治水面を最重視して、高波の恐れのある時には河口堰は閉じられることになっている。
 現在の管理方法に、「ブロークンタイド」、「コントロールタイド」、「ストームサージバリアー」の3つの代替案を加えた運営案が検討された。それぞれに水門を開ける幅と期間が違う。現在の管理方法では水門は常に閉じられているが、「ブロークンタイド」と「コントロールタイド」では川の流量が少ない時には潮の侵入を防ぐために水門が閉じられる。「ストームサージバリアー」では水門は常に開けられる。
 それぞれの代替案は社会的、経済的な見地からだけでなく、形態学、水門学的、科学的、生態学的な見地からも調査された。飲み水の生産、農業用水、漁業、船舶、レクリエーションと産業。さまざまな観点から議論され、マイナス面が明確にされた事柄については、補償対策が検討され、その特長やコストも明確にされた。その結果、
(1)水門をできるだけ開けることにより、河口における維持可能な生態系の発展を最大限に促進できる。その点では「ストームサージバリアー」体制が野生生物や環境にとっては最も良い。
(2)3つの代替案のマイナス面は、補償対策によって相殺できるが、そのコストは「ストームサージバリアー」が最も高価である。という2つの結論に達した。

 すなわち、全門開放が望ましいが、そのための予算を現段階では準備できないという現実であった。そこで、生態系の再生、経済面、補償問題などをすべて考慮に入れてその恩恵を考えると、「コントロールタイド」による運営が好ましいとして選ばれた。この案では、95%時において水門の3分の1が開いている状態となる。ハーリーングフリートが再び汽水域となり、ハーリングフリート湾や、ホランズ・ディープ湾、ビーズボス湿地に潮の活動が戻れば河口の生態系を取り戻すことができるだろう。
 回遊魚も再び河口を行き来できるようになるだろう。しかし、農業用水や飲み水の生産を続けるためにはハーリングフリートにおける取水口はもっと上流へ移されることになる。そしてライン川の流量が少ない時には潮の侵入を防ぐために水門は閉め切られる。ただ、これは年間を通して20日ほどしかないと考えている。船舶のための水量を確保するためには、浚渫をして船が通れるようにする必要がある。さらに現在の固定式の桟橋を浮遊式のものに取り替えねばならない。
 「コントロールタイド」が選択されたのは、淡水から汽水域に少しずつ変えていこうという目的に合致していたからでもある。また現在の運営法と比較すれば、潮の活動が増えることにより、ハーリングフリート湾やホランズ・ディープ湾のヘドロの堆積は減少するだろう。
 そして長い目で見れば、これはかなり治水のための浚渫の費用を減らすことになる。もし現在の運営法が続けられれば、浚渫にかなりの費用がかかり続けるのだ。
 「コントロールタイド」体制を確立するために、3段階の手順を踏むことになっている。段階ごとのやり方を採択したのは、河口における塩分と潮の活動が増えることによって生じる問題を解決するためには時間がかかるからだ。水門を開く最初のステップは2005年、この体制が完全に実施されるのは2015年とされた。そして次の段階に進む時にはそのつど、意志決定の手続きが取られることになっている。

 このような場合に、関係者間でコミュニケーションを図ることがとても重要な点だ。ハーリングフリート河口堰の代替案の環境アセスメントは、私が働いている省と農業自然管理漁業省、そして2つの州によって実施され、さらに市民の水委員会、水供給会社、農業団体、レクリエーションや自然保護団体などさまざまな団体やNGOと常に相談しながら行われた。そのおかげで当初はこのプロジェクトに反対していた人々の態度も軟化し、条件付きで賛同してくれたのだ。
 周辺住民に対しては、代替案の導入時に予想される結果が地域の新聞によって詳しく説明され、夕方の情報公開ミーティングではプレゼンテーションも行われた。それを何度もやったのだ。1般紙やテレビでも報道され、環境アセスメントが終了した後もそのような情報公開の努力は続けられた。ホームページも開設されている。アドレスは下記のとおり。
 http://www.haringvlietsluizen.nl
この計画の最初の段階を実施するのに、およそ3200万ユーロ(2800万USドル・約31億円)という大金が必要となる。その支出のほとんどが飲み水と農業用水の移転費用だ。我々の税金を使ってこのようなことをするわけだから、国会での審議がいかに大変だったか想像できるかと思う。
 水門の操業体制を変えるための決定にたどり着くためには随分時間を費やした。かつてハーリングフリートを淡水化しようと選択した人々にとっては、そう簡単に気持ちを切り替えられるものではない。以前に出された決定を修正もしくは改訂する時には、多くの議論と情報の公開、そしてさらには政府当局などにおいて新たな人材の登用といったものが必要だろう。
 中でももっとも重要なものは「市民との対話」だ。
現時点では、ハーリングフリート水門が少し開けられることになるのは2008年になるだろう。中央政府の「公共事業・水管理省」および「農業・自然省」、地方自治体の南オランダ県が、お互いに協約書に署名をして計画の実行を正式にスタートさせるのは2004年12月の後半になる。
計画が3年遅れになった主な理由は、第三者によって起こされたクレームに対する補償によって2001年と2002年の事業支出が大幅に上昇したことだ。新しい議会と経済の低迷により、環境問題に対する国家レベルでの政治的関心が後退し、各省は予算を3,500万ユーロまで削減した。南オランダ県は政治的な盛り上がりを高めることを率先して行なうよう、また淡水取水口の補償の代替案を準備するように求められた。我々は現在、単機能のパイプラインの代わりに淡水の運河、湿地帯、貯水池、レクリエーションの施設などを持った多機能の水路の計画を持っている。
計画が3年遅れたことは良くないニュースのように見えるが、よかったことは統合的な計画を持ったこと、地域や共同出資するほかの関係者との連帯を持つようになったことだと思う。


スタン・カークホフス   Stan Kerkhofs
交通公共事業水管理省を代表して2001年に来日
1965年オランダ生れ。ワーゲンニーゲン農業大学で水環境毒物学を専攻。1991年、内陸水管理、排水処理(RIZA)研究所に勤務、ここでライン川及びムーズ川の生態系再生に関る数多くのプロジェクトに従事、1997よりロッテルダムの南オランダ地方相互水管理局にてオランダイゼール川の水浄化プロジェクトを手がけた。

写真 伊藤孝司 http://jca.apc.org/~earth


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